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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)371号 判決

控訴人 柴田村承継人 木造町

右代表者町長 伊藤藤吉

右訴訟代理人弁護士 小山内績

被控訴人 青森県町村職員恩給組合

右代表者組合長 中野吉十郎

右訴訟代理人弁護士 寺井俊正

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一〇万四、二二三円四四銭の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二、三審を通じこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(一)  被控訴組合の前主青森県町村吏員恩給組合は同県下全町村職員の退職年金および退職一時金に関する事務の処理を目的とし、昭和一八年四月一八日、旧町村制第一二九条により設立されたものであること、被控訴組合は昭和二七年九月一六日前同目的のために地方自治法第二八四条により設立され、右設立と同時に右前主組合に属する一切の権利義務を承継したこと、被控訴人の前主組合が昭和二六年五月一二日旧柴田村に対する貸付金として金五〇万円を同村村長杉野森〆一に交付したことは当事者間に争いがなく、右柴田村は昭和三〇年三月三〇日地方自治法第七条第一項により他の町村と合併し、あらたに控訴人木造町となり、右木造町は旧柴田村の権利義務一切を承継したことは本件口頭弁論の全趣旨によつて認められるところである。

(二)  被控訴人はその前主組合が杉野森村長に前記五〇万円を交付したことによつて旧柴田村との間の消費貸借契約が成立したものであると主張し、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、第二、三号証および原審証人原子定一(第一回)の証言によれば杉野森村長は昭和二六年五月一二日同村書記対馬清治を帯同して右組合事務所におもむき組合事務局長山屋辰夫を通じ、同組合に対し、柴田村の昭和二六年度財政調整資金として金五〇万円の貸付を申し込み、同組合の承諾を得て、その場で右金員の交付を受けたものであることが認められるけれども、その当時においても普通地方公共団体の現金出納事務は当該普通地方公共団体の収入役の専権に属し、普通地方公共団体の長は収入、支出を命じ、会計を監督する権限はあつても、自ら現金を出納する権限を有しなかつたことは改正前地方自治法の規定に照らし明らかであるから、右のように被控訴人の前主組合から杉野森村長に金員を交付しただけで柴田村に対する貸付があつたものとみることのできないのはもとより、原審ならびに当審証人野呂庄三郎の証言によると、杉野森村長から同村収入役野呂庄三郎に右金員を引き渡された事実のなかつたことが認められるから被控訴人の右主張は理由がない。

(三)  そこで被控訴人の表見代理の主張について判断する。

甲第一号証の一ないし三および当審証人対馬清治の証言によれば杉野森村長は前記借入申込にあたり被控訴人の前主組合に対し、右一時借入については柴田村議会の議決(地方自治法第二二七条参照)のある旨を申しそえ、かつ自ら認証した議決書謄本(甲第一号証の三)を右組合に提出したこと(もつとも右謄本は、これを成立に争いのない乙第一号証と対照すると真実行なわれた議決においては借入先を大蔵省預金部または銀行と限定してあるのに右認証謄本にはこれを明記していない)が認められるが、かような謄本の提出があつたからといつて同村長が借入の交渉をする正当な権限を有すると信ずる根拠となることはあつても、前記のように公法の明文上村長固有の権限外とされる現金収受行為が本件の場合にかぎり杉野森村長にその権限があるものと信ずるにつき正当の理由となるものではないというべきである。

また当審証人三上静、原子定一の各証言によると旧柴田村書記前記対馬清治は従前も被控訴人の前主組合に職員の退職年金に関する事務連絡のために同村から右組合におもむいたことがあつた事実は認められるが、同書記が同村収入役の命により同組合との間に金銭の授受をしたことのあつた事実を認めるに足りる証拠は全く見当たらないから、杉野森村長が前記金五〇万円受領の際同書記を帯同したからとて被控訴人が主張するように同村長が村のために右金員を受領する権限があるものと信ずるにつき正当の理由となるものではない。

さらに原審ならびに当審証人野呂庄三郎、当審証人岡元長次郎の各証言によると杉野森村長は柴田村収入役からしばしば俸給・手当・旅費等の仮払を受けていたことが認められるが、右仮払が被控訴人の主張するように同村長をして村費の支払にあてさせる目的に出たものであることを認めるに足りる証拠はないから、右仮払の事実もまた同村長に前記金員受領の権限があるものと信ずべき根拠とはなり得ないものというべきである。

以上被控訴人の表見代理の主張はすべて理由がない。

(四)  すすんで被控訴人の追認の主張について判断する。

当審証人原子定一の証言により成立を認められる甲第七号証の一ないし四、≪省略≫を総合すると旧柴田村は被控訴人の前主組合に納付すべき昭和二二年度分以降の町村納付金(右組合加入町村が退職金の基金として納付すべき金銭)吏員納付金(右町村が各所属吏員から退職金の基金として徴収して組合に納付すべき金銭)町村負担金(右加入町村が組合費として納付すべき負担金)を久しく滞納していたが、杉野森村長が右組合に対し、前記金五〇万円の借入を申し込んだ際組合当局から右滞納金を納付することを条件として前記貸付の承諾を得たので、同村長は右金五〇万円を柴田村に対する貸付金名義で交付を受けたその場で右五〇万円のうちから同組合に対し昭和二二年度以降昭和二五年六月分までの被控訴人主張のとおりの諸納付金、負担金(甲第七号証の一ないし三中町村準備金のらんに記入の金額は町村負担金のらんに記入すべきものの誤記と考えられる)合計金一〇万四、二二三円四四銭を支払つたことが認められ、原審ならびに当審証人野呂庄三郎の証言によればその後同村収入役野呂庄三郎(昭和二六年四月一七日就任)は右組合に対し、前記期間の納付金、負担金を支払いもしくは支払わうとした事実がなく、前記期間に次ぐ期間の納付金、負担金のみを支払つてきたことが認められる。

しかし右証人および当審証人岡元長次郎(後記措信しない部分を除く)の各証言によれば杉野森村長は前記金五〇万円受領の事実を野呂収入役に全然知らせなかつたばかりでなく、右納付金および負担金の支払の事実についても、その支払資金の出所をあいまいにしたままで同村助役岡元長次郎(前任収入役であつて昭和二六年六月ころまで収入役の事務を補助していた)に告げただけで、野呂収入役に対しては直接にも間接にもこれを知らせなかつたこと、したがつて野呂収入役が事実上は前記のように杉野森村長の支払つた分の後続期間の納付金等を支払つたにしても、その際既納の納付金等の一部を前記のような経緯で杉野森村長が、しかも被控訴人の前主組合からの柴田村名義の借受金のうちから支払つたものであることなどは知る由もなかつたことが認められ、右認定にていしよくする前記岡元証人の証言の一部および原審証人杉野村〆一の証言は措信しない。

してみると右収入役が右組合に対し杉野森村長が支払をした期間後の納付金等を支払つたという事実だけから同村長の前記金五〇万円の借入金受領の無権代理行為の追認があつたものと推認することはできない。

(五)  次に不当利得の主張について判断する。

旧柴田村村長杉野森〆一はその権限がないのにかかわらず被控訴人の前主組合から同村に対する貸付金名下に金五〇万円を受領したこと。右受領と同時にそのうち金一〇万四、二三三円四四銭を同村の右組合に対する前顕期間の納付金および負担金として支払つたことは先きに認定したとおりである。

ところで村長には村のため現金支出の権限のないことはすでにみた地方自治法の明文上明らかであるばかりでなく、右金五〇万円は旧柴田村が借り受けた同村の公金としての性質を有しないのであるから、杉野森〆一が右のようにその金員の一部をもつて同村が前記組合に対し負担する前顕納付金および負担金債務を支払つても債務者である旧柴田村が弁済したことの効果を生ずるものではなく、右弁済は結局第三者である杉野森〆一個人が弁済したものとみるべきものである。そして右債務はその性質上はもとより、当事者間の意思表示により第三者による弁済を妨げるものと認めるべき証左はないから、右杉野森の弁済により旧柴田村の右組合に対する前記期間の納付金および負担金債務は消滅し旧柴田村はこれによつて同額の利益を得たものといわなければならない。

控訴人は杉野森〆一が右組合に支払つた金員中吏員納付金はもともと柴田村が組合に対して支払義務を負担するものではなくして、同村所属職員がこれを支払うべきものであるから杉野森がその支払をしたからといつて右村はなんの利益もうけるものではないと主張する。

右吏員納付金の最終的負担義務者が控訴人主張のとおり町村の職員にあることは前記(四)において触れたとおりであるが、組合加盟各町村が毎月所属職員に俸給、給料を支給するにあたり、その中から所定の割合による吏員納付金を控除して徴収し、これを町村納付金とともに組合に納付すべき義務を負つていることは前記組合の後身である被控訴組合の関係諸法令の規定に徴し明らかで、その前主組合においても同一の徴収方法をとつていたものであることは、原審証人原子定一の証言によつて認められるように右両組合は、その目的、構成、対象等全く同一で、単に名称が変つただけというも過言でなく事務処理の方法も大綱において全く異ならなかつた事実に徴し容易に推認し得るところである。

右のような取り扱いになつていることからみると事の性質上特段の事情のないかぎり旧柴田村においては昭和二六年五月一二日当時にはすでに前記昭和二二年から昭和二五年六月までの期間の吏員納付金を所属職員から徴収していたものと推認するのが相当であつて当審証人野呂庄三郎の証言中に「自分は収入役に就任後、職員の納付金は定められたとおり徴収していた」との部分は別に同人の就任前は徴収しなかつたことまでも意味するものととるべきではない。

そうしてみると旧柴田村がその所属職員から徴収した前記期間の吏員納付金はこれを組合に対し引き渡すべき義務を負つていたものといつて妨げなく、これを引き渡さない間に杉野森〆一が前記のように弁済すれば同村が同額の利得をしたものといえることはおのずから明らかである。

しかしてその弁済資金は前記のように被控訴人の前主組合が旧柴田村への貸付金名義で杉野森に交付されたものであるところ、同組合の係員が杉野森村長に右金員を同村のため受領する権限があるものと誤信したればこそ同人に手交したものであつて、もし同村長にそのような権限のないことを知つていたならばこれを交付しなかつたものであることは原審証人原子定一(第一回)の証言に本件口頭弁論の全趣旨を総合してこれを認め得られるから右金五〇万円を杉野森村長にその権限のないことに気づかずに交付したことはこれにより前記組合は同額の損失を受けたものというべく、旧柴田村が杉野森〆一の前記第三者弁済により債務の支払を免れた利得は、とりもなおさず右組合の損失金五〇万円の一部によつてもたらされたものであつて、該利得はこれをそのまま留保することを正当視し得る理由がないから、旧柴田村の承継人たる控訴人は右組合の承継人である被控訴人に対し右不当利得を返還すべき義務がある。

控訴人は杉野森〆一の支払つた前記納付金等については旧柴田村が同人に対する仮払金の清算を行なつた際相殺により解決ずみであるから控訴人に利得は現存しない旨主張するけれどもこの点に関する原審証人岡元長次郎の証言は当審での同証人の証言に照らしても措信できないし、他にはこれを認めるべき証拠はない。

被控訴人はなお杉野森〆一が被控訴人の前主組合から受領した前記金五〇万円中前記納付金等の支払に当てた残余の金員は同人が旧柴田村のために、同村が岡村立中学校々舎増築工事請負人奥村吉衛に対し負担する工事代金支払遅滞による違約損害金債務の弁済に供し、これにより同村は同額の利益を得たのであるから不当利得の返還を求める旨主張するけれども杉野森〆一が右五〇万円の残額を被控訴人主張のような使途に供した旨の原審証人杉野森〆一の証言および同証人からの伝聞を供述するにすぎない原審証人岡元長次郎の証言はいずれも当審証人奥村吉衛の証言に対比して信用できないし、他には被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人のこの点に関する不当利得の返還請求は理由がない。

(六)  不法行為責任について

被控訴人は以上の主張がすべて理由がないとしても杉野森〆一は旧柴田村の村長として、その職務を行なうにあたり、被控訴人の前主組合をして違法に金五〇万円を交付せしめて損害を与えたものであると主張するので前段で認めた不当利得一〇万四、二二三円四四銭を除いた残額三九万五、七七六円五六銭の部分に関し右主張の当否を判断するに、民法第四四条にいう「職務を行うにつき」とは当該法人の機関の職務権限内の行為を行なうにあたりという趣旨に帰すべきところ、すでにしばしば触れたとおり旧柴田村長であつた杉野森〆一には同村のため現金の出納をなし得る権限のないことは地方自治法の明文をもつて定められているのであるから、仮に前記貸付金名下に現金を同人に交付したことにより、右組合が損害を被つたとしても、右現金の受領は杉野森の職務権限外の行為なのであるから、前記法条にいう「職務を行うにつき」加えた損害に当たらないものといわざるを得ない。それゆえ被控訴人の不法行為の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。

(七)  以上の次第であるから被控訴人の本訴請求は控訴人に対し不当利得金一〇万四、二二三円四四銭の返還を求める限度では理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の部分は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は民事訴訟法第三八六条によりこれを変更すべきであるから訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤規矩三 裁判官 飯沢源助 佐藤幸太郎)

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